いらっしゃいませ。当社は新品、リサイクルきもののお店です。
ホーム きもの物語3「陰陽道ときもの(前編)

 

第三話  陰陽道ときもの(前編)




          前回、陰陽道について少し触れましたが、今回はその続きです。

      「左の衿が何故上に来るのか」、洋服では女性と男性で衿を使い分けていますね。

和服の世界では女性も男性も同じ衿の合わせ方をします。これは全て陰陽道の価値観によるものです。

            歴史をさかのぼる事719年(養老3年)に勅令が出ました。

    天皇の命令で「和服の衿は右前」に合わせると決まったのです。衿だけでなく、人物の立つ位置や

       座る場所も陰陽道に合わせて決まりました。これは明治時代になるまで続きました。

    明治になると、喪服と同様欧米に合わせて変えられました。例えば天皇の立つ位置は、

          我々から見て「右」でしたが明治からは「左」です。雛人形も同じです。

     江戸時代と明治時代では、男雛と女雛の立つ位置が逆です。和服は衿だけでなく、

    その「全て」が陰陽道と関わっていて変えられない、と云うのが本当の所でしょうね。

  次回はその「全て」とは何なのか、太陽の運行と着物にについてお話してみようと思います。

もくじに戻る